今年2026年初の絵画制作はミカンです。年末年始こたつに足を入れてミカンを食べたリ、テレビを見ながらのくつろぎは、どこの家庭でも見られる情景です。今日の日本の当たり前の情景と言えましょう。しかし私の幼かった戦後間もない頃にはミカンよりもりんごのほうが身近な果物だった気がするのです。当時りんごと言えば青森が有名な産地であり隣県岩手でも作られていたようです。
私の父は下駄作りの職人で、岩手県陸前高田方面での仕事の帰りには、よく、みやげにりんごを買って来たものでした。
りんごもミカンも長く親しまれ愛されて来た庶民の果物だったのでしょうが、時代の変化とともに親しみも生産も大きく変わってしまったように思います。おいしいもの、美しいものは誰もが欲することです。そのために購入する人は働いて手に入れ、生産者も日夜研鑽して高品質のものを世に送り出して来たことでしょう。
果物に限らず食べ物のすべてが子供の頃の状況と変わって、生命維持の食品から嗜好品的なものに変化した感があるのです。目の前にあるミカンも実に美しく輝き規格品のように揃っています。あたかも、選ばれたものという誇りに満ちたミカンの1つ1つを見ているうちに、そのミカンの上に少年少女の顔が重なって見えてきたのです。選ばれて箱に入れられ、南の古里からはるばる北の東北にやって来て、さぞかし古里に残っている友人や兄弟のことを思っているのではないだろうか。そして、古里に残っている人たちも、それぞれ自分の将来に不安を抱いているのではないだろうか、と。
戦後10年を過ぎた頃から1960年代、「金の卵」と呼ばれて地方から多くの少年少女たちが都市に向かった。
そして祖国は復興し現代日本の基礎を築く原動力となった。当時の少年少女たちには、それぞれに事情があり泣きながら故郷を離れた人も多かったに違いないと思う。
ミカンと何の関わりもないことだが、この世の中は選ばれたものだけで成り立っているわけではなく、人1人ひとりの考えや力の集合体であることを忘れてはいけないと思うのである。
ミカンを見ているうちに、ふと湧いてきた懐古的な心情である。
