今年2026年の第79回日本アンデパンダン展が3月18日(水)より3 月30日(日)まで、国立新美術館において開催されます。
アンデパンダン展は無審査展示である故に、安易な考えでの出品は出来ない。自分の持っている感性と技術を最大限活かして表現されていないと、自分自身が悔いることになる。
私は1960年代に何度かアンデパンダンを観に行った。時は、日米安保、炭鉱閉山、労働問題等々社会的矛盾や課題が渦巻いていた。私は美術や社会問題に関心は持っていたものの、表現する何ものも持っていない自分にやるせい思いを抱いていた。
1978年に陶芸活動を開始して現在までに、絵画的な平面制作もしていたが、アンデパンダン展に出品する契機となったのは2011年3月の東日本大震災だった。震災当夜は、降雪の後の夜空に月が輝いていた。しかしその月の光はいつものような美しさはなく、人の心に突き刺すような冷たい月光だった。そしてもう一つ、大きな衝撃が発生した。福島県に設置されていた原子力発電所の事故だった。安全神話は地に落ち、古里福島から多くの人々を追い出した事だ。
その夏、私は地震で損壊した登り窯を修理して後、陶画「震災の春」2点組を制作してアンデパンダン展に出品した。一つは「刺す月」冷たい月を破損した皿の破片で表した。もう一つは「家族」古里を追われるように出て行く家族を海中の5匹の魚に置き換えて表現した。
この「震災の春」2点組を2015年のアンデパンダン展に出品した事が、私のアンデパンダン展との繋がりの始まりだった。
その後、陶芸制作に併せて水彩画による絵画制作とその発表も開始した。私独自の「印描画」で制作した2点を2022年の第75回展に出品して現在まで続けている。出品のための基本は1つは見て、感じたものを表現する情景であり、もう一つは自分にとっての今の社会問題を考察して、絵画制作する事としている。
今回の出品作品も、1点は気仙沼市唐桑半島の情景を「荒磯」として、もう1点は2024年に続けて沖縄の米軍基地問題から「泥に杭」を制作した。「泥に杭」は自然を破壊してまでも滑走路を造らなければならない事なのか、思考の手がかりになればいいと思っている。


